8月9日は長崎被爆の日

 8月9日は広島に次いで長崎に原爆が落とされた日です。午前11時02分、広島と同じくテニアン島を出発したB29「ボックスカー」がプルトニウム原子爆弾「ファットマン」を投下しました。(広島はウラン235の原子爆弾)最初は軍事的な要衝である小倉を第1目標にしていたそうですが、雲が発生して視界が悪く小倉をあきらめて長崎に転じました。長崎上空で投下した爆弾は市街地中心部から外れて3㌔北に落ちたということです。そのことと、起伏の多い長崎の地形ゆえに広島市より被害は軽減されたそうですがそれでも24万人の長崎市民のうち推定で7万4千人が死亡したとされます。本来はプルトニウム爆弾は広島の原爆の1.5倍の威力があったそうです。原爆投下後被爆者の治療にあたった医師・永井隆氏の著書、「長崎の鐘」は有名です。妻を一瞬にして奪われ、自らも被爆をしながら被爆した人々の治療にあたり、原爆症で衰弱してゆく自分と残される最愛の子どもへの思いをつづった「この子を残して」は心に突き刺さります。広島に続き、落とされた長崎の原爆。「これで太平洋戦争を止めることができた。」原爆投下を正当化する戦勝国の考え方にしては、あまりにも一般市民を無差別に、そして長年にわたり苦しませて殺してゆくこの人類史上最悪な兵器。このような道具は人類に必要ではないと改めて思います。明日どうか、被害にあわれた先達の魂に祈る時を持ってください。どうか世界に平和が訪れますように、憎しみにあふれる世界が愛が溢れる世界に代わりますように。

2020年8月8日 久保田展史

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