セント・アンデレ・クロス(5)

室内では帽子はとるべき?

 長らく私は子ども達の野外活動で、「帽子をかぶる」「脱ぐ」というタイミングを大事にしてきました。「リーダーが前でお話をするのを聞くときは帽子を脱ぎましょう」「屋根のあるところでは帽子はとりましょう」「食事をするとき、感謝のお祈りをするときは帽子をとりましょう」「さあみんなで帽子をかぶってきっちり恰好よく立ちましょう」などです。帽子脱がねばならない理由は様々あります。混雑するときには“つば”が人の顔や目にあたることがあります。コンサートや講演など帽子をかぶっていると後ろの方の妨げになることがあります。人を敬うときには装いを外します。例えば成人式では式の最中はショールを外すように指示があります。大切な方を訪問する際はドアの外でコートなどを脱いでから入るのが常識です。これらは同じことでしょう。
 私は他者や事物を敬う場合や自分が謙虚であらねばならない場合は帽子を脱ぐべきだと思っています。通っている教会では礼拝堂では帽子を脱ぎます。ほかの生き物の命をいただく食事の場面では帽子を脱いで「いただきます」と感謝を言って食べます。「帽子をとるかとらないかはその場にいる相手が不快にならないかどうかを判断して行うべきである」という判断基準が多いようです。私はこのようにかぶる必要のない場所や他者の障害になる場所、敬まったりへりくだったりせねばならない場所で帽子をかぶっている人を見るのは非常に不快です。
 ずいぶん昔、オリンピックのモーグルスキーで日本が初めて金メダルを取った際、この女子選手が表彰式で帽子をかぶったままメダルを受けて、日本国内から3000件を超えるクレームの電話がJOCにかかったと報道されました。この表彰式の場面をテレビで見ていた私も不快でしたので、その報道を聞いて大きくうなずいたものです。
 さあ、皆さんはどう考えますか?『個人の自由』と考えを終わらせることは簡単ですが、『他者のいる中での自分の自由』として子ども達には考えてほしいと思っています。なぜ敬意を払うのか、へりくだるべきなのか、他者はどう感じているのか。そんなことに気づく子どもになってほしいと思います。そしてもちろんYMCAのアウトドアクラブのみんなには“仲間のしるしである同じ帽子”を意気揚々とかぶって、元気いっぱい活動をしてほしいと考えています。

文/滋賀YMCA総主事 久保田展史

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